T 採用が内定している学生の身分は?
採用内定期間中の身分は学生か労働者か?
まず、労働者とは何か?
労働者とは「使用者と労働契約を締結している人」。そしてその労働契約の本質は、
a.労働者は、使用者の指揮・命令に従って労務を提供し、
b.その対価としての賃金請求権を有する。
と、要約されます。
新卒一括採用者の場合、この関係が発生するのは、一般に4月1日です。従って、それ以前の内定期間については学生であり、労働者ではないと言えます。
U 採用内定を受けた大卒者の採用を入社までの間に取り消すことができるか?
これは始期付解約権留保付労働契約が成立しているか否かが、判断基準になります。
「始期付」とは、正確には「就労始期付労働契約」のことです。
始期付解約権留保付労働契約が成立しているか否かは、専ら学生の権利の保全という見地から判断されます。その学生の権利とは、採用内定を受けたことによって当該企業に就労できるという期待権のことです。
採用を取り消すことは、学生の期待権の侵害に当たると見なされます。判例はそれ以上に、採用内定を受けた学生に対し、その企業の社員としての地位を認めています(就労始期付という条件のもとで)。
しかし、就職協定が廃されてから以降、採用事情も大きく変化しています。つまり、学生が複数の採用内定を受ける事態も発生しています。つまり、企業が学生の期待権を尊重するにもかかわらず、学生のほうで採用内定を取り消すという企業側のリスクが発生します。
そこで企業は自衛上、学生から誓約書を徴します。その誓約書に基づき、当該学生はほかの企業に就労する機会を自ら放棄することになります。
始期付解約権留保付労働契約が成立しているか否かは、上記の就労する機会を自ら放棄するという具体的な事実の有無にかかっています。そのような具体的事実の有無、そして始期付解約権留保付労働契約が成立しているか否かは、認定論になります。これを逆に言えば、企業が採用内定を取り消すには、就労する機会を自ら放棄するという具体的な事実の不存在を企業が立証する責任があります。
ただし、始期付解約権留保付労働契約が成立しているとは言っても、文字どおり、解約権が留保されているのですから、客観的に合理的で、社会通念上、相当と是認される事由があれば、採用内定を取り消すことは可能です。具体的には、卒業できない場合や、傷病により当初契約した内容の労務提供が困難になった場合や、学生から提出された書類に重大な過誤または虚偽の記載があった場合や、企業が経営難に陥った場合などです。
V 採用内定を受けた高卒者の採用を入社までの間に取り消すことができるか?
高卒者と大卒者の採用事情は大きく異なります。つまり、高卒者の場合は、通常、学校長や職安の推薦によって採用の申し込みが行われます。ですから企業自身が選抜すると言うより、学校長や職安の推薦を尊重して採用を決定すると言うのが適切です。従って、学校が推薦した生徒は採用するというのが不文律となっています。
もし、それにもかかわらず、企業が自らの採用権を発動して不採用とすれば、次年度から学校長や職安の推薦を得られなくなるでしょうし、地域社会における企業イメージを大きく損なうことになりましょう。企業にとって、決して得策ではありません。
企業が、たえば、2名の求人を行ったのに対し、3名の推薦があった場合、企業に1名の不採用を決定する裁量権があります。学校側はそれを百も承知のはずだからです。ただし、何かの行き違いもあり得ますので、事前に再確認することが肝要です。
高卒者の採用内定を取り消す場合、客観的に合理的で、社会通念上、相当と是認される事由を学校長や職安によく説明し、理解を得た上で、学校や職安を通して本人に通知するという手順になります。
このように、高卒者の採用、あるいは採用内定の取り消しについては、法理論を展開するのではなく、その地域のルールに従って判断すべきであると理解するのが適切です。
W 試用期間中の社員の本採用を取り消すことができるか?
多くの企業では、正社員の採用に際し、入社した日から3〜6カ月間程度の試用期間を設けています。試用期間中の社員の身分は、試用社員と位置づけられ、正社員とは区別されます。
4月1日の入社から本採用までの試用期間については、解約権留保付労働契約が成立していると最高裁は理解しています。ただし解約権が留保されているという点で、試用社員の本採用拒否に対する使用者の裁量権は、正社員に対する場合に比して、大きいと言えます。
ただし、採用内定者と違い、試用社員はすでに勤務しているわけですから、職歴上、いわゆるバツイチとなります。従って、採用内定者の場合よりも訴訟を起こされるリスクは高くなります。しかしながら、日本においては、試用を字義どおりに解釈し、「試用期間の経過を待って本採用の成否が決定される」という受身の意識が労働者にあるため、実際には訴訟件数は多くありません。
試用期間後、本人への思いやりも手伝って、本採用拒否を逡巡し、取りあえず正社員にして様子を見、それでもダメなら解雇しよう、と考えがちな使用者や労務担当者がいます。しかし、これは最悪です。逡巡するくらいなら、即、本採用拒否、という確固とした方針をもって臨むこと大事です。つまり、いったん、正社員にすれば、試用社員の本採用拒否に対する使用者の裁量権が狭められるからです。本採用拒否と解雇を同一視できません
しかし、採用・不採用の分岐点に立つ試用社員がいるかもしれません。その場合は、本人と話し合って試用期間を延長するのも一策です。)
試用社員の本採用拒否に対する使用者の裁量権が、正社員に比して大きいとは言っても、では、どの程度の事情があれば契約を解消できるのか? という問題が常につきまといます。
契約解消できる事情の程度は、まさに事情が千差万別のため、あらかじめ、ハッキリと明示することは困難ですから、その事情、事情に応じて判断するほかありません。
それには、判例を参考にするのが賢明な策と思われます。以下に判例に基づいた判断基準を挙げてみます。
その1.新卒一括採用されたゼネラリストが所期の能力を発揮し得ない場合。
結論から言って、能力不足を理由に本採用を拒否するのは困難。能力不足を見抜けずに試用社員としたのは会社の落ち度との解釈から。
その2.傷病の場合。
a.試用期間が経過したにもかかわらず、就労ができなければ可。
b.試用期間が経過した時点で、将来、回復の見通しがある場合。
就業規則に「欠勤が×カ月続いた場合、休職期間を与える」という休職規程を設けてあれば、試用社員にも適用されると解釈される可能性があるため、試用期間の経過をもって、即、本採用拒否とせず、休職期間中に回復するかどうかを見究める必要がある。ですから「試用期間中、休職規程の適用を除外する」の1項目を挿入しておく必要があります。
その3.協調不足・勤務態度不良が著しい場合。
協調不足・勤務態度不良の評価は多分に主観的なものである。これを厳正に評価する客観的な基準によって、社会通念上、やむを得ないとする事由が明示されれば別だが、そうでない限り、少なくとも1度以上、配転する。それでもなお、協調不足・勤務態度不良のレッテルが貼られた場合は、本採用拒否は可。
ただし、当該試用社員に対する指導、警告がその前提となります。