時間外手当
高知県観光事件
最高裁第二判平6.6.13
T 事実の概要/最高裁判決に至るまでの経緯
@ Aタクシー会社(以下、「会社」という)におけるタクシー乗務員の労働条件は、あらまし、以下のとおりであった。
a. 勤務は隔日勤務。
b. 労働時間は午前8時から翌日午前2時まで(ただし、そのうち2時間は休憩時間)。
c. 賃金はタクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額(歩合給制)。たとえ時間外・深夜労働を行った場合でも、これ以外の賃金は支給されていない。従って、この歩合給のうち、どの部分が通常の労働時間の賃金に当たり、どの部分が時間外・深夜労働等の割増賃金に当たるのか、判別できなかった。
A 4人のタクシー乗務員ら(以下、「Bら」という)は、昭和60年6月1日から62年2月28日までの期間(本件請求期間)において、午前2時以降の時間外および深夜労働(午後10時から翌日午前5時まで)の割増賃金が未払いであるとして、その支払いおよび付加金の支払いを求める訴訟を起こした。
B 一審(高知地裁)は、Bらの請求を認容した。
C 原審(高松高裁)は、
a. 午前2時から午前8時までの時間におけるBらの就労は、法的根拠を欠いており、賃金請求権は発生しない。
b. 午後10時から翌日午前2時までの勤務は深夜労働に当たり、割増賃金の請求権は認められる。
として、Bらの請求の一部を認容した。
U 最高裁判決
原判決破棄・自判
@ 原審(高松高裁)における当事者双方の主張によれば、Bらの午前2時以降の就労がBらと「会社」との労働契約に基づく労務の提供であること自体は、当事者間で争いのない事実であるから、原判決は破棄を免れない。
A 本件請求期間にBらに支給された歩合給について。
a. 時間外および深夜の労働を行った場合においても増額されていない。
b. 通常の労働時間の賃金に当たる部分と、時間外および深夜労働の割増賃金に当たる部分とが判別できない。
以上の2点から、この歩合給の支給をもって、Bらに対し、労基法37条の規定する時間外および深夜の割増賃金が支払われたと解するのは困難と言うべきであり、「会社」はBらに対し、本件請求期間におけるBらの時間外および深夜の労働について、労基法37条および労基法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務がある。
V ポイント/教訓
労基法37条は、使用者が時間外・休日・深夜労働をさせた場合、通常の労働時間または労働日の賃金の2割5分(休日労働の場合は3割5分)以上5割以下の率で計算した割増賃金を支払う義務があると規定している。
しかし、労基法37条は、上記割増賃金の支払いを命ずるにとどまり、同条所定の計算方法を用いることまで要求していない。
その結果、運輸業やタクシー業など、時間外・深夜労働の時間数の算定が困難な事業においては、同条所定の計算方法によらない独自の方法を用いるのが、一般的な傾向である。その独自の方法とは、
@割増賃金に代えて一定額の手当を支給する「手当制」
A割増賃金を通常賃金に含めて支給する「定額給制」
などである。
@の「手当制」に関しては、営業社員の時間外労働に対するセールス手当の支払いや、長距離運転手の深夜労働に対する運行手当の支払いなどが、適法と認定されている。
ただし、当該手当はあくまでも時間外・休日・深夜労働に対する対価として支払われるべきものであるから、これに関連しない名目の手当をもって、割増賃金の一部または全部と見なしてはならない。そのチェックポイントは、当該手当が時間外・休日・深夜労働に従事した者のみに支払われているか否かにある。
Aの「定額給制」に関しても、@と同じ理由から、それ自体は適法とされている。
しかし「定額給制」の場合、通常賃金と割増賃金が渾然一体となって支給されるため、そのうちのどの部分が割増賃金に当たるかの判定が難しい。そこでこれまでの判例は、定額給のうち、どの部分が割増賃金に相当するか、明確にわかるように区分することを求め、そうでない限り、使用者は割増賃金支払いの義務を免れないと解している。
さらに裁判所は、次のような判断を示した。
@割増賃金相当分を明確に区別できない歩合給の定め方をした労働協約それ自体、労基法37条の趣旨を没却するものであり、違法である。
Aかかる労働協約は、労基法13条の規定により、無効とする。
ここで注意すべきことは、割増賃金相当額の区分が明示されない給与体系を定める労働協約そのものを無効としたことである。
【歩合給などの給与形態で割増賃金相当額を具体的にどのように計算して支払えばよいのか?】
計算方法自体は労基法施行規則19条1項に規定がある。
日給制・月給制など時間単価を基礎に賃金を計算される労働者の場合、その時間単価に時間外・休日・深夜労働の時間数を乗じて「通常の労働時間又は通常の労働日の賃金」(通常賃金)を計算し、その125%増しの金額を支払う。
歩合給制の労働者の場合、その賃金算定期間において歩合給制によって計算された賃金総額を当該賃金算定期間における総労働時間で除した金額に、時間外労働等の時間数を乗じて時間外労働等の通常賃金を計算し、これの25%を割増賃金として上乗せして支払う。
オール歩合給制については、一審判決は、Bらの割増賃金につき、月間水揚高の時間単価に歩合率(42%―46%)を乗じた額を通常賃金(時間賃金額)として算定し、最高裁もこの計算方式をそのまま是認している。
以上から言えることは、使用者が本件のような歩合給制を実施するためには、割増賃金相当分を明確に区別することはもとより、賃金総額が、上記の計算方法によって算出された金額を下回らない割増賃金を含むように、歩合率を設定すべきだということである。
【 結論としては 】
@時間外労働等の賃金に相当する分を歩合給の増額分とする。歩合給が定額でなく、増額があれば、労基法37条に違反しないと見なされるケースがある。
A増額分を除いた金額を通常賃金の部分と判別できるから、その数字に基づき、上記の計算方法で法定の割増賃金額を算出し、賃金総額が、この法定の割増賃金額を下回らない割増賃金額を含むように、歩合率を設定する。
Bただし、増額分は実働時間数を基礎として計算されるので、歩合給制に適合しない面が残ることに変わりはない。とはいえ、現行法が歩合給(出来高給)制についても、時間外・休日・深夜労働に関する限りは労働時間に比例した賃金支払いを命じている以上、これはやむをえない帰結と言うべきであろう。