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ジェイアール西日本メンテック事件

中央労基署長事件

東京地判平15.2.21

 

T 事件の概要/事実関係

@     平成9年当時、東京都大島町公設の国民健保南部診療所(以下、「診療所」という)は24時間診療体制を採り、看護師は通常4〜5名、夜勤は1名であった。

A     原告Aは、当診療所に、平成7年から12年まで勤務した看護師である。原告Aは、昼勤の他、宿日直も担当していた。

B     大島町では、平成9年3月末まで、17時15分以降の看護職員の勤務を夜勤とし、実働時間のすべてを勤務時間としていた。しかし、同年4月1日、勤務規程を改定して、23時15分から翌日6時30分まで、および休日の24時間を勤務時間として算定しないことにした。

C     原告Aは、勤務態様が何ら変らないのに勤務時間の取扱いが変更されたことを疑問とし、同年5月10日、中央労基署に対し、大島町が許可を受けずに看護師を宿日直させていると異議を申し立てた。

D     同署の監督官は、法32条、37条違反の事実を認め、同年8月12日、大島町に対して是正の勧告を行った。

E     大島町長は、同年9月8日、中央労基署長に対し、本件宿日直の許可申請をした。この許可申請書の中の「勤務態様」欄には、「電話・救急患者の対応、定時巡回、検脈、検温はなし」と記載されていた。

F     署長は、同申請につき調査を行い、許可基準を満たしていると認め、同年10月6日付で申請を許可した。

G     原告Aは、申請内容が宿直勤務の実態と異なるとして、同年11月13日、中央労基署に対し、再調査を申請した。翌10年6月、監督官による再調査の結果、申請書の中の「勤務態様」欄に記載されている内容が事実に反していると判明。そこで監督官は、平成11年11月9日、大島町に対し、再度、是正の勧告を行った。

H     大島町は、平成12年3月31日、診療所の宿日直勤務を廃止した。

 

U 訴状の内容

@     診療所の申請内容が労基法施行規則23条および通達の定める許可基準を満たしていないにもかかわらず、中央労基署長が十分な調査をしないまま、これを許可した。さらには許可が不適当と判明したあとにおいても、速やかに許可を取り消さなかった。これは、公権力行使の過失、並びに公権力不行使の過失に相当する。

A     原告Aは、これによって精神的損害を被ったとして、国に対し、国家賠償法1条1項に基づき110万円の損害賠償を求めた

 


V 判決の内容

A.判決は、まず、診療所の平成9年4月ないし10月頃の宿日直時間帯における看護師らの勤務状況について、次のように事実認定した。

@ 1時間ないし3時間ごとに、1晩数回の定時巡回、定時検温、検脈が行われた。

A 入院患者の処置日数が月平均25日に及んだ。

B 小児科の入院患者38名のほぼ全員が点滴治療を受ける必要があった。

C 本件申請以前の看護師1名当たりの夜間勤務が平均週1回以上であった。

B.裁判所は、上記の事実に照らして、大島町の本件申請内容が許可基準に適合していないと判定した。

C.次いで裁判所は、大島町の本件申請内容が許可基準に適合していないにもかかわらず、中央労基署長がこれを許可したことの違法性と、調査における注意義務違反を糾した。

@ 宿日直の許可は労働時間法制の例外を認めるものであるから、看護師の勤務態様が上記の許可基準の定める内容に合致するか否かについて、中央労基署長は厳格に判断する義務がある。

A その義務を果たすためには、監督官が行った是正勧告の経緯、勤務規程の変更が行われた以前と以後における看護師の勤務態様の変化などを十分にチェックすべきである。

B しかるに中央労基署長は、看護師の勤務態様はもちろんのこと、看護職員数の増減、入院および救急患者の増減など、判断の基礎ともなるべき資料の提供を、専ら大島町の担当者に依存した。本来、看護師らから事情聴取をし、同時に看護日誌など、客観性のある資料の提出を求めるべきであった。

裁判所は、上記Bより、中央労基署長には、職務上尽くすべき注意義務を欠くという過失があり、したがって本件許可は違法であると判定。

D.国家賠償法1条1項に基づく損害賠償の請求については、中央労基署長の注意義務を欠くという過失によって、本件許可が違法であった以上、原告Aに対する賠償責任は免れないと判定。

E.被告の中央労基署長は、次のように反論した。すなわち、看護職員らの勤務態様が許可申請書の記載内容と異なっていたとしても、それは大島町の行為によるものである。したがって、原告Aの損害と本件許可との間には、因果関係は存在しない。

これに対して、裁判所は、次の理由から、両者に相当の因果関係があったとして、原告Aの損害賠償請求を肯定した。

@ 原告Aは違法な許可により勤務時間に当たらない宿日直勤務を余儀なくされた。

A 違法是正のための申告や訴訟の提起準備などの精神的苦痛を受けた。

 

W ポイント/教訓

この訴訟は、労基法所定の許可基準を満たさない診療所の許可申請と、これを許可した監督署の過失により、違法な宿日直勤務を余儀なくされたとして、看護師が起こしたものです。

ここで注目されることは、原告の看護師が、使用者たる診療所ではなく、監督署の不法行為を訴えたことです。

従来、監督署の申請許可に対し、適用労働者が再調査の行政措置を求めた事例や、労働者が使用者を相手として、宿日直勤務が監視・断続労働に当たるかどうか(注)を争った民事訴訟の事例はありました。

 

(注)労基法41条3号は、「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の受けた者」には、労働時間、休憩、休日に関する規定を適用しないと定めています。

これを受けて通達は、宿日直勤務について勤務内容が「常態としてほとんど労働をする必要のない」勤務で、定期的巡視、緊急の文書または電話収受、非常事態に備えての待機などを目的とするものに限り、これを許可するものとしています。

 

しかし、本件訴訟のように、監督署の許可そのものの適法性を国家賠償の民事訴訟として争った前例はなく、本件訴訟の最大の特徴です。

 

教訓とすべきことは、次のことを再確認することが重要です。

すなわち、宿日直が「断続労働」として労働時間等に関する法の適用を受けない理由は、それが「ほとんど労働をする必要のない」、いわば待機的勤務と見なされるからであること。

事実、行政通達は厳しい許可条件を課しています。とりわけ、医師・看護師に関しては、通達352号において詳細に具体的な許可条件が定められています。

 

しかしながら、24時間診療体制を採る医療施設にあっては、本務と宿日直勤務の区分が曖昧になりがちです。本判決は、医療施設における宿日直勤務の在りかたに対する警鐘と言えるでしょう。

 



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