専門職社員の超過勤務手当
モルガン・スタンレー・ジャパン事件
東京地判平17.10.19
T 事件の概要/事実関係
@ M社は外資系投資銀行である。社員は一般職社員と専門職社員に二分される。一般社員は上司の指示に従って業務を遂行するのに対し、専門職社員は、高度の専門知識と経験を有するがゆえに、ある一定の範囲内において、自らの判断に基づいて業務を遂行する。
A 一般社員には、基本給、超過勤務手当、食事手当、通勤手当が支給されるのに対し、専門職社員には、年間基本給と裁量業績賞与が支給される。
B M社は、一般社員については厳格な労働時間管理を行うが、専門職社員については労働時間管理を行わない。なぜならば、自らの判断に基づいて業務を遂行するという自由裁量を有しているので、どのような時間帯にどの程度の労働時間を設定するかについても、自らが判断するからである。
C 原告Aは、専門職として外国為替本部に所属し、トレーダー業務に従事していた。Aの年間基本給は2200万余円、裁量業績賞与は約5000万円であった。
D 原告AはM社に解雇されたため、解雇無効確認の訴訟を起こした。その訴訟の中でM社が「裁量労働制を採用していない」と発言したことを言質に取り、所定外労働に対する割増賃金799万余円の支払いを請求して、新たに訴訟を起こした。
U 東京地裁の判決
棄却
判決理由
@ Aは日本の証券会社および外国の銀行に勤務した経験がある。日本の証券会社では超過勤務手当を支給され、外国の銀行では超過勤務手当を支給されなかった。すなわち、M社のような外資系投資銀行では、超過勤務手当が支給されない可能性を認識していたし、事実、入社に際して、M社に対し、格別の異議申し立てをしなかった。
A M社がAの入社時に交付したオファーレターには、所定労働時間を超えて労働した場合に報酬が支給されるとの記載はなかった。
B M社は、Aの業務の性質上、その業務の遂行について自由裁量を認め、かつ何らの制約も加えていなかった。具体的に言えば、M社はAの労働時間の管理をしておらず、Aが実際にどの程度の超過勤務をしたかについて、その実態を把握していなかった。
C M社のような外資系投資銀行では、専門職社員に対して高額な年間基本給を支給し、それをもって、所定労働時間外労働に対する対価を含むものとし、別途、超過勤務手当を支給しないというのが一般的慣行である。事実、Aは2200万余円の年間基本給を支給されていた。これは一般的な社会通念に照らし合わせると、高額な年間基本給であるから、所定労働時間外労働に対する対価を含むものと見なされる。
E Aは労働基準法41条の2号に該当する。同法41条の2号は「監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」を同法第6章に定める「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」に関する規程の適用を受けないと定めている。しかるにAは為替の業務に従事し、M社の為替ポジションなど、会社の機密を知悉していた。それゆえ、「機密の事務を取り扱う者」と見なされ、同法第6章に定めの適用を受けない。
V ポイント/教訓
@ 労働基準法37条は、「時間外、休日及び深夜の割増賃金」の支払いを命じています。これを受けて、従来の判例においては、賃金の基本給部分と割増賃金が明確に区分されているか否かを判断のポイントとしてきました。また、使用者と労働者との間に基本給に時間外割増賃金などを含めるとの合意がなされた場合においても、割増賃金に相当する部分が労働基準法37条に定める額を下回らないことを立証できなければ、同法同条に違反するという判断を示してきました。
A ところが本判決では、賃金の基本給部分と割増賃金が明確に区分されず、割増賃金が年間基本給に含まれているにかかわらず、これを合法であると判断しました。その判断の根底には、
(a)M社の専門職社員に対する給与は、労働時間数によって決められるのではなく、会社にどのような利益をもたらしたか、その実績によって決められていることを認容したこと
(b)専門職社員に業務遂行上の自由裁量権が与えられ、会社が専門職社員の労働時間管理を行っていない事実、あるいはその必要性がない事実を認容したこと
(c)専門職社員の年間基本給が高額であり、不当に割増賃金相当分が減額されているとは見られないこと
(d)専門職社員が年間基本給に超過勤務手当が含まれていることを知悉し、かつ同意していること
などがあったものと考えられます。
B 以上のように、本判決は、事案の特異性を考慮したもので、やや例外に近いものと言えます。一般的には、上記@に述べましたように、賃金の基本給部分と割増賃金が明確に区分するか、あるいは割増賃金に相当する部分が法定の額を下回らないことを証する準備をすることが必要かと考えられます。
C しかしながら、昨今、実績に基づく給与、あるいは能力給を導入する機運が高まりつつあります。本判決は、その際の指針を示したものとして、大いに参考になると考えます。