株式会社人事サポートセンター
HOME CONTACT


退職金の減額

 

三晃社事件

最高小二判昭52.8.9

 

T 事件の概要/事実関係

@ A社は、広告代理業を営む株式会社である。

A Bは、昭和38年4月1日にA社に入社し、昭和48年7月20日に同社を退職した。同日、Bは退職金規則による退職金を請求した。

B 同年8月2日、A社は自己都合退職乗率に基づき計算された退職金648,000円をBに対して支払った。その際、A社は、Bがその後において同業他社に就職した場合、退職金の半額である324,000円をA社に返還することを誓約させた。

これはA社の就業規則、退職金規則に則った措置である。すなわち、同業他社へ就職したときは、自己都合退職の2分の1の乗率に基づいて退職金が計算されるという規程に沿った措置である。

また、Bは入社に際し、退職後、A社と同一業種の会社に服務し、あるいは自営するときは、必ず事前にA社の承諾を得ることを誓約し、その旨の誓約書をA社に提出していた。

C しかるにBは、A社の事前承諾を得ることなしに、同年8月6日、同業他社に就職した。そこでA社は、Bに対し324,000円を返還するよう、名古屋地裁に訴えた。


第一審は、以下の理由により、A社の訴えを棄却した。

A社の就業規則、退職金規則は、退職後に同業他社に就職する場合に、退職金の半額を不支給とすることによって、間接的に労働者に競業避止義務を課したものである。

また、退職時に退職金の半額を没収するというのは損害賠償の予定の約定に当たり、労基法16条に違反する。それゆえ、A社の就業規則、退職金規則は無効である。

さらには、退職金受領時の約定もBの真意に基づいたものでなく、その効力は生じない。A社はこれを不服とし、名古屋高裁に控訴した。

控訴審は、A社の控訴を認容し、原判決を取り消した。その理由は、以下のとおり。

a. A社の退職金制度は、全額、使用者たるA社の負担となっていて、従業員の積立金方式でもなければ、一種の共済方式でもない。

使用者負担の方式のもとでは、退職従業員に対し、どの程度の退職金を支給するかは、ある程度、使用者側が裁量的に定め得るものと解される。

従って、退職事由によって差異を設け、さらには自己都合退職の場合でも、法律の規定または公序良俗に違反しない限り、算定基準に差異を設けることは許される。同業他社への転職の場合、自己都合退職の半額しか退職金を支給しないという本件の退職金規則は、まさに上記の算定基準における差異に該当する。

b. この算定基準における差異は、就業規則、退職金規則に明記され、あらかじめA社の従業員に周知されているから、従業員は退職に当たって、同業他社へ転職するか、他の企業に行くか、そのまま在職するかの利益も十分に比較し得る。従って、上記の従業員退職金規則は、従業員の足止めを意図したものと見えなくもないが、だからと言って、直ちに実質的に、損害賠償の予定を定めてはならないとする労基法16条に違反するとまでは言えない。

Bはこれを不服として上告した。

 

U 最高裁の判決

上告棄却。


判決理由:

a. A社が営業担当社員に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められない

b. 本件退職金は功労報償的性格を併せ有することを斟酌すれば、退職金規則の上記制限に反して同業他社への就職した社員に対する退職金支給額を、一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることは、合理性を欠く措置であるとは言えない。
 すなわち、この場合の退職金の定めは、制限違反の就職をしたことにより、勤務中の功労に対する評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないという趣旨と解すべきである。

c. 従って、上記の定めは、その退職金が労働基準法上の賃金に当たるとしても、所論の同法3条、16条、24条及び民法90条等の規定に何ら違反するものではない。

 

V ポイント/教訓

退職金を、賃金後払いとする説、生活保障とする説、功労報償とする説とがあるが、本判決は「本件退職金は功労報償的性格を併せ有する」と判断している。

 

また、本判決は、同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって、職業の自由等を不当に拘束するものではないとして、その合理性を肯定している。

 

さらには、本判決は、退職金規程に同業他社へ転職した場合の退職金が自己都合による退職の場合の半額と定めていること、しかもBが誓約書を提出している事実からBがこの定めを熟知していたことを考慮すると、 退職金はそもそも当初から自己都合退職の半額しか発生していないと判断した。

学説上、退職金の額は退職事由、勤続年数などの諸条件に照らして退職時に初めて確定するので、退職以前に債権として成立しているとは言えない。従って、退職金減額条項の有効性は、労基法24条1項の全額払いの原則の問題ではなく、減額支給基準の有効性の問題であるとするのが、多数説である。

本判決もこの多数説に依っている。

 

本判決は、同業他社への就職による退職金減額条項の効力を一律に認めたわけではない。減額条項の存在を前提とし、個別具体的に使用者の業種(技術や顧客を持ち去られるなどの損害発生の可能性)、従業員の職種と地位(前記損害発生の可能性のある職種と地位)、競業禁止の範囲(対象・地域・期間)およびその代償との関係などを斟酌して、退職金減額条項の効力が判断された。

すなわち、広告業界という職種、またA社が中小企業であるという事情などから、顧客と結びつきの緊密な営業社員Bが同業他社へ転職すれば、A社は不測の損害を被る可能性が大であるから、かかる退職金減額条項は、企業防衛上、やむを得ぬ措置であるとして、本判決はその効力を認めたのである。

 



Copyright(C) JINJI SUPPORT INC. All Right Reserved.
JINJI SUPPORT INC.